子供は餓鬼故に、大人の事情をわかってくれない
令和も1日が過ぎた
夜にスーパーへ行くと、まァ平常と言える俗世間であった
10連休=上級国民という実はゴミが遊び倒すためのものだもんね
スーパーの後はファミマに寄り、煙草買って、表で吸ってると
酔っ払い親父と後輩リーマンがウダウダやっていた
一見、自動ドア開けっぱなしさせる位置に立つ親父がボケだ
が
親父は家に帰ると言ってるのに、後輩は引き留めようとしている
親父が流石は酔っ払い、何か答えて、横にいるアタシに「だよね~」
アタシが腹の中で同意した所
後輩の奴、「知らない人に声掛けて~」
そこまではわかるんだけど
「日本人かどうかもわからないのに~」
コイツ頭悪いと断定した
アタシゃ別に日本人に見られなくたって構わない
来世は本物ドイツ人に生まれ変わる予定だしね
親父が声掛けた相手が、日本語わかる中国人とかなら?
後輩の口調に「日本スゴイ」的な低能が見え隠れする
当人は無論、そこまで頭回っていない
後輩の何よりダメな点:親父の引き留め方
そもそも下の立場が上の者を引き留める事自体がド厚かましい
先輩が、俺にも家庭があってよぉと言ってるのに
引き留める言葉が「家庭より、僕のために行き合って下さいよぉ」
…オマエ、先輩のオゴリで飲み食いしたいだけやろ
上の者のオゴリで飲み食いしてアカンわけじゃないよ
上の者が好意で自ら「○○へ行って騒ごう♪☆彡」ならね
ボンビーならボンビーなりの楽しみ方がる
創意工夫しないで、持ってる者から集るだけ集り
そのくせ世の中を十把一絡げに「大人は若者に無責任だ」
という証明の一つを、アタシゃ目撃したのかね?
フランソワ・トリュフォーの‘大人はわかってくれない’幕切れ場面
感化院脱走したドワネル坊やのカメラ目線は
思うに、社会の理不尽な諸々を社会への訴え掛けだ
映画から60年後現在
子供にとって理不尽な社会に変わりないを認めると同時に
大人だって何かと理不尽な思いを味わってるんだよと殴りたいわ